FC2ブログ

不機嫌なモノノケ庵續について思うこと

はじめましての方ははじめまして。
アニメの感想を記事にしたことは今までなかったのですが、
気持ちがまとまらないのでこちらに書かせていただこうと思います。
乱文なうえ感情的な汚い表現も入り、長文になります。

※注意
・全体的に批評です。面白かった、良い作品だったと感じ、イメージを崩したくない方は閲覧をお勧めできません。
・一個人、いち視聴者としての感想です。他の感じ方をした方を否定するつもりはございません。
・「不機嫌なモノノケ庵」という作品自体についての批評ではありません。原作が大好きな人が書きました。
・原作、1期アニメ、2期アニメのネタバレを含みます。
・ほとんど見返していないので、文中で触れるセリフや話数などに間違いがあるかと思います。



まず私は、「不機嫌なモノノケ庵」原作作品が大好きです。
はじめは漫画を買って読んでいて、のちにアニメ1期が放送され、その完成度からさらにモノノケ庵が大好きになりました。
私がモノノケ庵をここまで好きになれたのは、原作の魅力と、そしてそれを最大限引き出して『動く』媒体で表現してくださったアニメ1期のおかげでした。
だからこそ、今回数年ぶりに2期が決定し、今度はどれだけ惹き込ませてくれるのだろうかと楽しみにしていました。

まず、「不機嫌なモノノケ庵」の大まかなあらすじを説明すると、「物怪庵」という茶室で働く妖怪祓い屋・安倍晴齋(はるいつき)と、ひょんなことからそこでバイト(奉公人)を務めることになった主人公・芦屋花繪(はなえ)を中心に、様々な妖怪の悩みを解決したり、隠世(かくりよ)と呼ばれる妖怪の住む世界へと妖怪を祓ったりするお話です。
アニメ1期で扱われた話は、原作のおよそ6巻冒頭付近まででした。ラストでは原作にもある「芦屋花繪がある事をきっかけに妖怪が見えなくなってしまう」という話が取り扱われ、再度見えるようになるまでの話を多少感動的に脚色されていましたが、最終回としては非常に良い話だと感じる出来栄えでした。
1期は監督が良かったのか、様々オリジナル要素や脚色が含まれていましたが、「アニメとして動く」うえでそちらの表現のほうがわかりやすくなるだろう、という配慮を感じました。モジャと再会する少し前の話に「モジャともう一度会いたい」という単行本書き下ろし部分の話を組み込んだり、限られた13話に収めるには不要であると感じられるところはカットされていました。

さて、2期の話ですが、監督が変わりました。私は監督等アニメスタッフについて詳しいわけではないので、その監督の手がける他の作品は存じ上げませんし、「監督」という立場のスタッフがどれだけ作品に干渉できるかも存じ上げません。「監督が良い・悪い」と言うには、私の知識は足りないので言いませんけど。
この作品に対して抱いている負の感情としては、
・話のテンポがおかしい
・登場人物のセリフ等に感情がほとんど感じられない
・登場人物がうるさい
・アニオリ脚本により、設定に大きな矛盾が出ている
・アニオリ脚本により、登場人物の人格が大きく破綻している
この5点が大きいです。
まず違和感を持ったのはテンポでした。5話くらいまでは普通に見ていたのですが、ケシちゃんが出てきた辺りからでしょうか、基本的に1話完結で終わるボリュームの話を、なぜか2話に分けるようになりました。
例えば、A、B、C、D…とまとまった話があったとして、1話でAを全部+Bを半分まで、2話でBの残り半分+Cを半分まで、3話でCの残り半分+Dを半分まで……といった具合に、毎回毎回OP後は中途半端に切られた場所から始まっていました。
はじめは演出かと思っていましたが、第8話で安倍晴齋が倒れてしまい、「安倍さん!?」「安倍!?」と登場人物がスローモーションで駆け寄り、「1日2回開いたらこうなるはず…でも、今回は…」とモノローグを発したにもかかわらず、直後に安倍晴齋が象さん滑り台の下から顔を出し新たな妖怪の頼みを聞いているシーンに切り替わったところで確信しました。
このアニメは、最初に作った状態では尺が足りず、本来次回の冒頭になるはずだったシーンを余った部分に突っ込むのを繰り返しているのだと。
さらに、2~3点目にも繋がりますが、原作のセリフから変化が一切なく、フキダシの外の注釈や手書きの小さなセリフ、心理独白、果ては地の文まですべて読み上げられていました。原作漫画を台本として渡されたのか?
これは気のせいかもしれませんが、1期と比べて声から感情がほとんど感じられません。芦屋はただただ叫ぶだけのキャラになってしまってめちゃめちゃうるさい邪魔者になってしまいました。晴齋はそんな芦屋を殴ったり罵ったりするただの性格が悪い人になってしまいました。とても悲しい。

いや、ここまでは別に良いです。良くはないですが、原作の1つ1つのセリフや地の文まで大切にしてくれてるのか~と解釈していました。問題はアニオリ脚本です。

芦屋が行政という妖怪に殺されかける事件があり、その直後、妖怪を殺せる能力「威光」を無意識に使ってしまい妖怪を殺しかけてしまう事件が起こります。その2つの大きな事件で芦屋は精神的に疲弊してしまいます。
そのタイミングで、芦屋の「妖怪を察知する能力」を強化しようと合宿に行くのですが、そこで芦屋は明け方「ぐえー、ぐえー」という鳴き声で目覚めます。
原作ではその翌日、怪我をした「ぐえー」と鳴く河童の妖怪が発見され、その河童と2人で過ごすことになった芦屋が、コミュニケーションを取る中で人知れず抱えていたものを涙として流すことができ、元気になるシーンがあるのですが。
アニメではその話をまるまるカット。河童は現れず、芦屋はモジャと遊んでいる最中に突然泣き出し、元気になりました。
えっ、ぐえーって鳴き声で目覚めたのは何だったんですか???合宿所に生息するカラスかなんか?

さらに、芦屋花繪の父、芦屋榮(さかえ)について。
芦屋は自身が産まれる前に失踪してしまい、たった一度だけ帰ってきて再び行方不明になってしまった父親について非常に気にしていました。
結果として榮は元々物怪庵の奉公人をしており、今は芦屋花繪に取り憑いていてピンチの時に出てきてくれたりするのですが、
榮はその存在の一切を隠しており、ほとんどの妖怪はその存在を知らず、詳しく知っているのは物怪庵の前主・アオイのみでした。榮に関して安倍晴齋が調べようかと芦屋花繪に尋ねるシーン、原作ではお願いしますと頼み、長い時間をかけて知ることになります。また、原作13巻現在榮について調べることはかなり主軸に近い重要な出来事となっています。

一方アニメでは、芦屋花繪は「俺の家族は母親と姉ちゃんだけです、父親なんて気になりません」と榮について調べるのを断りました。しかし調べないと話が進まないため、頼まれてもいないのに晴齋は榮について調べていきます。
そして榮の姿を知っている、化けられるとヤヒコが言い出したときには、花繪は「化けてください!」とヤヒコのもとに原作通り通っていました。めちゃくちゃ気にしてんじゃん。
さらに榮については「一切の存在を隠していた」という設定は語られていたものの、物怪庵の一般客であるモブとも言える妖怪が「そういえば物怪庵に奉公人を雇ったとか言っていたね」と発言し、隠世のトップの妖怪は「知らないけど、悪いやつなら昔逮捕されてたかもしれないから、資料を漁ればあるかも!」などと言い出しました。そして資料は隠世内の牢獄に名前付きでありました。「榮という名の人物で、これこれこういう外見で、こういう能力を持って」と事細かに書いてありました。は?
何がヤバイってその資料持ち出し禁止なのに晴齋は忍び込んで窃盗するんですよ。
ここが5点目、「アニオリ脚本により、登場人物の人格が大きく破綻している」の一つです。妖怪のために、を第一に働く安倍晴齋が、人間の花繪のために何故か自発的に榮について調べ、隠世の資料を窃盗します。しかも最後まで返しません。

原作に、ササという名前の悪い妖怪を、芦屋花繪に取り憑いた芦屋榮が殺してしまうシーンがあります。ササはもともと数年前に榮自身が「もう悪さをしないように」と封印した妖怪であり、封印を解いてまた悪さをしようと企んでいた段階で安倍晴齋と芦屋花繪を殺しかけ、芦屋の身体を乗っ取って出てきた榮に殺されてしまうことになります。
一方アニメ最終話、ササは萌え声で登場し、安倍と花繪を殺そうとまではしませんでした。急に「妖怪だ!殺そう」と意気揚々と芦屋の身体を乗っ取った榮を、安倍晴齋が説得し、異能バトルに入ります。お互い手を前に突き出して広げ、威光を出すと、その間からは突風が巻き起こりました。私は、犬夜叉でこんなシーンあったなと思いながら眺めました。風穴バトル。映画でありましたよね。威光ってそういう力じゃなかったと思うんですけど……
結果的に安倍が勝利(?)し、ササは急に「人間を…信じても良いの?わたし…本当は平和に、暮らしたい…」と萌え声で泣き、「隠世で平和に暮らしていいんですよ…」ととっても平和にその話は終了しました。嘘でしょ?萌え声にしておけばいいと思ってない?
ところで、ここで芦屋が榮に乗っ取られるシーンで、芦屋の体の中で花繪と榮が会話をします。そこで花繪は榮の顔を知ることになります。原作では曖昧な記憶なんですが、アニメではどうやらはっきり記憶しているようです。

ササを殺してしまったことで、「妖怪のためにあるべき物怪庵の奉公人が、妖怪を殺してしまった」という事実が出来上がってしまい、これが隠世の妖怪に知れたら大問題になってしまうと危惧し、「俺だけが口を噤んでいれば、平和だな」と晴齋がぼやくシーンがあるんですよ。
アニメでは結局ササは殺さず、榮も特に問題を起こさなかったのですが、「榮が花繪に取り憑いてるってバレたらヤバイかも!」とよくわからないヤバ基準で隠世には秘密にすることにしました。
そしてラストシーン、ヤヒコが「お菓子を持ってこないと、榮に化けてあげないからね!」と言うと花繪は「あぁ、アレ?もう良いから(笑)」とヤヒコを素通りします。
は?何も良くない。乗っ取られたときに顔は見れたからもう良いですって事?何も良くない。わたしは涙を流してしまいました。何も良くない。
原作では未だに素性を探っていて、アニメでも一応4話くらいは榮の情報探しに奮闘していたのに、「もう良いから」で片付けられてしまった。わたしにはここが一番心にきました。物語のすべてを否定されているような気持ちになりました。
そして安倍晴齋が「俺だけが口を噤んでいれば平和だな」となんの厚みもないうっすいコメントを謎に吐いて、最終話が終わりました。
最速放映で見た30日の21:30から、もう4日。日を増すごとにどんどん悲しくなります。
アニメ2期の感想やコメントなどを検索するのが怖くてできていません。
冒頭で述べたとおり肯定的な意見を否定するつもりはありませんが(重要)、世間一般の意見が「とてもいいアニメ」だったら、私のこの否定的な考えは異端で、叩かれるべき意見だったら、「不機嫌なモノノケ庵」という漫画作品が大好きな私はどうすればよいのだろうと考えてしまいます。作品を愛しているならアニメも愛して当然という風潮のある現在で、みんながアニメも愛しているのに、私だけ愛せていないのだったらファンとして終わりなのではないかと、そんなことばかり考えます。
結論も何もない文章でしたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。

続きを読む »

スポンサーサイト



テーマ : 感想 - ジャンル : アニメ・コミック

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR